お伝えしたいのは会津の 『おもてなしの心』あかべこは寺を建立する際 に突然現れ、

大変な活躍をしたと言われる赤毛の牛のルーツです。



もとちゃん通信

「工房まちこ」主催者まちこさんの夫で “もとちゃん” と申します。

二人が育った会津の今を、古希を過ぎたジージの目で、

皆様方にお伝えしたいと思います。

よろしくお願い申し上げます。

ブログ開設

容量が足りなくなって来たので、gooブログを利用して近況をお知らせしたいと思います。

下のオレンジ色のボタンをおすとリンクしますのでご覧ください。

 

2017.6月29日更新しました。

同期会 いろいろ ♪♬♪♬

同期会に出席しましたので、少し触れてみます。

10.12会社の同期会が新宿でありました。激動期を生き抜いた仲間だけに皆元気で、

  往時を偲んで大いに盛り上がりました。

10.15中学の同期会が八重洲で開催されました。総勢42名、女性の方が多かったです。

  今回からクラスの垣根を取り払い、抽選で席が決まるという方式となり、新たな展開があり

  新鮮な会合となりました。

  中に、ご主人と共に一日24,000歩散歩するという女性が居られました。朝、3時に起きて

  出かけるそうです。ビックリしました。

いずれも、「歩けるうちに参加しよう」が合言葉になりました。

今日の山田

10.2

しばらく散歩の機会が無くて本日見に行きましたら、

既に苅込が終わっておりました。

今年の新米としてデビューが近いものと思います。

9.4

今日は夕方の散歩になりましたが、稲穂が残照に映え見事な黄色に染まっていました。何ともいい風景です。珍しく農家の人が手入れしているのに遭遇しました。


8.31

平地よりは少し遅めですが、稲穂が大きくなって来ました。間もなく一面黄色になって行くものと期待しています。

いよいよいい季節になって参りました。

8.20

山田も稲穂を沢山つけ、先端は垂れるようになりました。秋の稔りに向け順調に成長しています。

この地は風水害は全くなく、日照もいいところから病害虫の影響もなさそうで安心しております。


8.12山田にも稲穂が出て来ました。左の写真の真ん中にツンと立っているのが稲穂です。これからどんどん伸びて行くのでしょう。右の全景も7.23とは変わってきました。


7.23山田の全景と稲の現況です。大分大きくなりました。順調に育っているようです。棚田というのは水の流れに沿った一番合理的な耕作のようです。



7.2 山田の稲もこんなに大きくなりました。これならもう心配ないものと思われます。夜中に雨が降り、昼は晴れる日が何日か続いたのがよかったのかもしれません。

本日、NHK「ブラタモリ」で会津の英知が紹介されていましたが、水路については「戸の口」という地名だけ知るのみでその内容については驚嘆しながら見ていました。


米どころ会津の今

朝の散歩コースに小さな山田があります。こんな所でもお米を造っていると頭が下がりますが、ここの稲の生育状況を折に触れお伝えする事で、会津二十三万石と言われた実りへの過程をご覧いただきたいと思います。

子供の頃の記憶から、稲が成長して行くのを見るととても安心します。

特に今年はツバメが多く飛来してご近所のガレージの中で営巣するつがいも多く、これは去年のヒナの数が増えた→ツバメが会津の自然を安全だと認めたというような気がして嬉しく思います。

当地ではツバメは縁起のいい鳥として大事にされていますので、今年はなにかいい事がありそうな予感がします。        6.25

 


東京巡り

会津の今をお伝えすると言いながら、今回は高速バス旅行での東京見物についての記事といたしました。

会津の自然の中に溶け込んでみると、会津の良さをかみしめると共に、大宮の時にはいつでも行けると思っていた東京の名所も、

改めていいものだなあと思うようになりました。これからは機会を見つけて時々出かけてみたいと思います。


6.15歌舞伎座の最終幕を見て来ました。猿之助演じる狐忠信が哀れさとおかしみがあって、最後の宙乗りで引き込むまで大喝采でした。立見席での入場でしたが運よく座れて、80分を感動の渦の中で無我夢中でした。

6.16国会議事堂の参議院本会議場を見学しました。陛下が開会を宣言される御席があって、荘厳な雰囲気でした。選挙に突入する時期であったので、感慨深いものがありました。修学旅行生がひっきりなしに記念撮影していて、何とはなしに将来を託したような気分になりました。






6.16迎賓館です。ネット申込で12時受付でありましたが、時間前にどんどん流れていて待たされることもなく見学できました。絢爛豪華、日本の職人技の粋を集めた見事なものでした。


同期会出席

5月28日東京八重洲で開催された高校の同期会に参加しました。14時からの会合にしていただいたお陰で、日帰りできた次第です。皆様それなりに不具合もありながらも元気いっぱいに集まられて、久しぶりに大声で話してお腹もスッキリしました。ぐい呑みを作って下さった方がおられご厚意でそのなかの一つ大ぶりのをいただきました。高麗赤の土にわら白の釉薬をずぶ掛けされたそうですが、釉薬と土の色が見事に調和してその形の良さと共に惚れ惚れしました。帰りのバスの中で何度も取り出しては眺めるということを繰り返し、道中楽しく過ごせました。沢山の元気をいただいた仲間の皆様に感謝しつつまた来年もと思ったものでした。ありがとうございました。

それにしても高速バスの充実は目を見張るものがあります。便利もいいし料金も安い、自分で運転して行くよりもはるかに楽で安心です。月に一度くらいのペースで上京するのもいいかなと思いました。


勝常寺

伊佐須美神社と宮川千本桜



会津若松市の北、湯川村にひっそりと佇む勝常寺という桜の名所があります。平安初期の作で国宝を含む12体の仏像があるというので4月13日花見がてら出かけてみました。写真の通り特別に思えるような所ではありませんでしたが、偶々先客が居られて御開帳されていたのに加わりましたら、何とも見事な日光月光菩薩・十一面観音・四天王等の木造立像が安置されていました。更に別棟の本堂で御本尊の薬師如来坐像と極彩色の名残がある十二神将、徳一上人がご自分で彫られたと伝わる徳一坐像がありました。

一見の価値がありますのでお勧めです。

伊佐須美神社と近くの宮川沿いの千本桜も見頃でした。

伊佐須美神社は古事記に出てくる四道将軍のうち大毘古命(父)と建沼河別命(子)が出会ったことから相津(あいづ・・会津の語源と言われています)と名付けられた地に建立された由緒ある神社で、伊弉諾尊と伊弉冉尊に加えこの二将軍の四柱が祀られています。

残念ながら数年前の火災で社殿を焼失し、現在は再建に向けて準備中です。会津若松市に巴最中で有名な吉田屋という老舗の菓子舗がありますが、そこで四道将軍というお菓子を作っています。


旧日中線跡のしだれ桜


4月12日、曇天の予報が外れ肌寒さはあるものの良く晴れたので、喜多方の旧日中線(喜多方から熱塩までの国鉄路線)跡地に1000本のしだれ桜が植えられているのを観に行きました。しだれ桜の並木の反対側にはコブシや雪柳、ドウダン・チューリップなど賑やかに咲いていました。そこには小川が流れていて、丸く削られた岩の並びとせせらぎの音と心地よく響く懐かしい風景がありました。これを創られた方々の思いが凝縮しているように思えました。3キロ近くあるそうですが途中で引き返しました。それでも5000歩を超えましたので楽しい散歩となりました。

葵の御紋でもいろいろあります。将軍家も各人微妙に違っております。会津松平家は吉宗公の御紋に似ているのでご参考に供しました

会津 お三階

七日町駅カフェの筋向いに「阿弥陀寺」があります。

ここには通称「お三階」と呼ばれる木造3階建ての建物が鶴ヶ城から移築されました。写真を拡大していただくと判るように右側に「阿弥陀寺」左側に「会津東軍墓地」との石標が迎えてくれます。敢えて東軍という文言を入れてある所に会津人の気概が込められているようです。ここで観光客に説明をしてくださるボランティアの方が、容保公をして「家臣が斗南藩で塗炭の苦しみを味わっている時に自分だけのうのうとしていた」と話されていたので、自分の所のお殿様を悪しざまに言うのは如何なものかと抗議しました。維新時の人物評価という本があって、そこでも「松平容保は孝明天皇からの宸翰を開示すれば朝敵の汚名を免れたのにそれをせず家臣を路頭に迷わせた」として40点とありました。容保公がそれをしなかったのは如何にも会津の人(信州高遠の生まれではありますが)と思います。それは大平総理が倒れられた時に外務大臣であった会津選出の国会議員伊東正義が総理に擬せられたとき「表紙を替えただけではだめだ」として総理就任を拒否したことに通じるものがあります。

一方、先述の如き批判もあり、世の中は毀誉褒貶がつきものだから自分が良しとするものに向かって進むのが一番と改めて思いました。

今回は全くの個人的な見解でありますので、ご不快と思われた場合は年寄りの繰り言としてご容赦ください。

益子の土に金ソバをかけましたが、金ソバ独特の勝手模様が面白く出ました。

左は白土、右は赤土に青流紋を釉がけしました。共に狙い通りの発色となりました。

3月24日窯出し

白土に白萩をかけまし た。柔らかな乳白色で、優しい仕上がりになりました。


会津大学の桜

会津大学の桜並木の様子です。

会津大学はコンピュータ関連の大学としては日本有数であり、幾多の優れた卒業生を輩出しているそうです。広い敷地にゆったりした学び舎があり、グランドや公園など恵まれた環境にあります。

周囲を桜並木が囲んでおり、桜の名所としても知られています。

秋にはポプラ並木が色づいてそれはまたとてもいいものです。



本日、本焼き完成、釉薬に新たに加えた「青流紋」が期待通りの発色をして、これからの楽しみが増えました。

ぐい呑みも紹介します

紅葉鉄赤、金ソバ、本唐津、それに我が家の透明釉の4色を土が違う二組にかけてみました。この写真では色味が分からず残念ですが、ぐい呑みの手に馴染む自由さは楽しいものがあります。


会津藩校・日新館

会津の始は藩校日新館からです。

会津の精神風土として”什の掟”は広く知られていますが、

その学び舎が河東町に全て移築されています。馬場や水練場まで含めた壮大なものですが、そこに現存することを知ったのは近年のことです。一度ご覧いただきますと胸を撃たれます。

会津とはこういう所かと分かっていただけるものと思います。

当時、双璧と言われた西の鍋島藩弘道館とのエピソードもあったりで、引き込まれます。

是非お立ち寄りください。

 

 

2月26日、雪吊りに朝方降った雪が残っていました。